記事NO. 290 のスレッドへの 返信フォーム です


題名:武市瑞山(半平太) 名前:島崎 2012/04/03(火) 21:53 No.290  HomePage

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290の画像を原寸大表示します 芸西村の考える村の語録の道にある

武市瑞山 獄中詩

  
 

題名:Re: 不勉強はいかん! 名前:島崎 2012/04/03(火) 22:04 No.291  HomePage

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291の画像を原寸大表示します これも考える村の 語録の道の途中にある

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:海遊庵主 2012/04/06(金) 22:22 No.292 

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島崎さま、何だか学び舎の漢文の先生の面影が甦ってきました。
武市瑞山の碑文は、古の武人の生き様を彷彿とさせますね!
武市氏の先祖は、平安時代から鎌倉時代に遡って〜伊予の国の名家の氏の出自・・高市氏の末裔ですから。
その昔、只今NHKで放映されている「平清盛」に関わるエピソードにも、伊予の国の歴史舞台にはに一族本流の盛長と申す御仁は清盛の「盛」の一字を辞み拝したと聞く藤原氏一族にて、その弟(信義なる人物)が武市氏を名乗った最初の家柄ですから。
ご参考までに以前先師から教わった所以にて、ご記憶下さい。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:島崎 2012/04/07(土) 16:03 No.293  HomePage

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海遊庵主さん今日は  漢文の先生の面影とはよいですね
武市瑞山の先祖はそうですか 伊予の国ですか、

色んな人の苗字は突き詰めて行くと 面白いもんですね
どうもありがとうございます、

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:海遊庵主 2012/04/07(土) 19:16 No.294 

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島崎さま、歴史とは先祖が生き抜いた時代之奥の細道・深き面影を連ねた時空への誘いを只管に訪ね歩く旅路ですから。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:海遊庵主 2012/05/18(金) 20:09 No.343 

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島崎師、真に歴史とは不思議な場面が次から次に導かれるままに幕が開くことも屡也・・古の面影は史実の源流に出会う機会があらば〜此れもまた新たな奥の細道を辿る妙味でしょう。
阿波之国の江戸時代の蜂須賀公の家老職に『武市氏』を名乗られる名家が存在する情報を新たに、ご熱心な讃岐の国の御仁を初めて『土佐史談会』にお誘いして〜ご本人に・・阿波之国『武市氏』のご案内を頂く所存也。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:北島 2012/05/18(金) 22:25 No.344 

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344の画像を原寸大表示します はじめまして、高松の北島と申します。
武市瑞山の祖先は伊予国越智郡高市郷から出ているとのこと、海遊庵主様よりご教示いただいた者です。
それに関連しているかどうか(?)わかりませんが、阿波の国、名西郡石井町の田んぼの真ん中にある、「武市大明神」のことをご紹介いたします。
このさな社この社に祀られているのは、蜂須賀家家老だった武市常三という人で、こちらの武市家のルーツも「伊予の越智族の流れ・・」と碑文にあります。
確証は何もありませんが、なんらかのご縁があるように思えますが、はたしてどうか・・。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:北島 2012/05/18(金) 22:33 No.345 

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345の画像を原寸大表示します (続き)
武市大明神の由緒書の碑文です。
蜂須賀家正の重臣として三千五百石を拝領・・・とあり、かなりの家格だったようです。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:北島 2012/05/18(金) 22:46 No.346 

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346の画像を原寸大表示します (続き)
武市常三の墓石です。文禄二年・・と見えます。

なお、近所にお住まいの武市家の14代目ご当主様にうかがった話なのですが、
武市常三の主君の蜂須賀家はもともとキリシタンだった(?)そうで、
その関係で、武市家もキリシタンだったため、後にお上のお咎めを受けて、
孫にあたる三代目当主が処刑されてまう、という悲しい秘話があったとのことです。

↓関連の記事(記事の武市左馬助とは、四代目当主です。非業の死を遂げた父を弔うためにたてたキリシタン灯篭だそうです。)
http://www.topics.or.jp/nie/117307666665/125842212363.html

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:海遊庵主 2012/05/19(土) 18:50 No.348 

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島崎師、真に歴史とは過ぎ去りし〜時空への誘いですね!
この度の阿波之国と讃岐の国の古への出会いは、何の計らいも無く〜自然のままの道筋です。(伊予の国と阿波之国と讃岐の国の深きご縁も)
嘗て昭和60年代〜その直前に庵主が42歳の厄年に難病を患い〜その際には従順に〜讃岐の国で〜土佐之国の意地っ張りの気骨の反抗精神を研鑽する機会を与えられ〜素直に『いごっそ気質』の是非について悟る教えを授受しました。
それ以後は、只管に小学生の時代に祖父に連れられて記憶の片隅に残っていた〜讃岐の国の古寺の存在でした。
何れ機会があればご案内させて頂きます〜恐惶謹言。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:島崎 2012/05/19(土) 22:21 No.349  HomePage

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北島さん 始めまして 阿波の国、名西郡石井町の田んぼの真ん中に「武市大明神」があるんですか 三千五百石と言うと身分が高い武士ですね、それにキリシタンとは、

海遊庵主さん色々調べていくと色んなことが結びついたり
歴史とは奥が深く面白いものですね

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:北島 2012/05/20(日) 21:27 No.351 

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351の画像を原寸大表示します 島崎さん、私は高校時代に司馬さんの「竜馬がゆく」を読んだことがきっかけで、幕末の歴史は大好きになりました。小説の中であった、武市半平太の壮絶な切腹の場面は、強烈に頭に焼き付いてしまいました。
偶然かと思いますが、三文字の切腹作法と「折敷三文字」が重なっていて、不思議な感じがします。
昨日、今日と、たまたま京都に出向いておりまして、少し時間が空いたので木屋町周辺を歩き、武市半平太のゆかりの地を訪ねてみました。
島崎さんの記事のおかげで、ふとそんなことを思い立ち、幕末の志士が闊歩した京都に思いを馳せてみた次第です。
写真は武市瑞山寓居跡の石碑です。写真でわかりにくいですが、すぐ隣奥の方に、吉村寅次郎の寓居跡の石碑もありました。(ちりめんの石碑がちょっとじゃまですが・・・失礼)

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:北島 2012/05/20(日) 22:03 No.352 

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352の画像を原寸大表示します (続き)
もう一つ印象的だったのが、岡田以蔵のゆかり跡です。
高瀬川沿いの木屋町通り、三条と四条のあいだに、「本間精一郎遭難の地」の石碑がありました。
刺客数名の中には岡田以蔵がいたとされています。説明書きには半平太の関与の記述はありませんでしたが、この事件の真相はどうだったのでしょうか・・。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:海遊庵主 2012/05/21(月) 14:05 No.353 

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北島さま、何時もながら貴君の行動力には敬服させて頂いております。
京都への素早き旅路は、土佐国勤皇派の史跡を訪ねていただく行動にはを流石の庵主も驚いております!
来月には、是非以前打ち合わせの阿波之国へのご案内の義同行させてください。
その日時に会わせて、手許の資料(伊予史談・258号と我が家の古文書の記載の抜粋を持参しましょう)・数々の・島崎師のご厚情に感謝。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:匿名希望者 2017/04/13(木) 16:04 No.963 

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本当ですか。徳島県石井町国実にある武市常三の神社は。常三の墓は徳島市寺町にあると聞いています。また、写真の神社は50年くらい前は何もなかった所だと記憶しています。ブロックの塀とか建物はいつ建てられたのですか。昔からある武市大明神(神社)は写真の神社の100メートルくらい南の集落(すべて武市姓)の真ん中にありますよ。
  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太) 名前:匿名希望者 2017/04/13(木) 16:05 No.964 

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本当ですか。徳島県石井町国実にある武市常三の神社は。常三の墓は徳島市寺町にあると聞いています。また、写真の神社は50年くらい前は何もなかった所だと記憶しています。ブロックの塀とか建物はいつ建てられたのですか。昔からある武市大明神(神社)は写真の神社の100メートルくらい南の集落(すべて武市姓)の真ん中にありますよ。
  
 

題名:北島さんへ (武市大明神についての記載は本当ですか) 
名前:匿名希望 a 2017/11/11(土) 14:57 No.985 

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近くで聞いてみました。武市大明神は二つあるようですね。上記の写真の大明神と少し南の集落にある大明神。元々、武市大明神と言えば、南の集落にある方をいっていたようですね。また、写真の大明神の中に武市常三の墓がありますが、これは偽物ですね。本当の墓は徳島市寺町にあります。私も教えてもらって、実際に、行ってきましたが、常三の家紋は[子持ち角切り三]というもので、上記の大明神の家紋とは違っていました。もっと言えば、この家紋は南の集落(すべて武市姓)の家紋と全く同じでした。この事から南の集落の武市が武市常三の子孫と言えるのではないでしょうか。もう一度、確認した方がいいように私は思いました。石井町教育委員会も町内で観光名所になりそうなところを探しているのかもしれませんが、立派な石碑を建てる前にもう少し慎重にやった方がよかったかもしれませんね。付近の人もいつの間に由緒を彫った石碑ができたのか、わかっていない人もいるのではないでしょうか。上記の写真の大明神についても半信半疑で見ている人もいると聞きました。[あの場所には50年くらい前には何もなかったように思うけど....]と。

このスレッドの返信数は 16件 です。
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