土佐史談会の掲示板

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題名:平成28年度の事業実績  名前:島崎 2017/04/25(火) 01:11 No.965  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


965の画像を原寸大表示します 2017年4月23日県立文学館ホールにて土佐史談会総会が行われました、平成28年度の事業実績が出されました。


題名:武市瑞山(半平太)  名前:島崎 2012/04/03(火) 21:53 No.290  HomePage 操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


290の画像を原寸大表示します 芸西村の考える村の語録の道にある

武市瑞山 獄中詩

  
 

題名:Re: 不勉強はいかん!  名前:島崎 2012/04/03(火) 22:04 No.291  HomePage 操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp

291の画像を原寸大表示します これも考える村の 語録の道の途中にある

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:海遊庵主 2012/04/06(金) 22:22 No.292  操作 softbank220045179044.bbtec.net

島崎さま、何だか学び舎の漢文の先生の面影が甦ってきました。
武市瑞山の碑文は、古の武人の生き様を彷彿とさせますね!
武市氏の先祖は、平安時代から鎌倉時代に遡って〜伊予の国の名家の氏の出自・・高市氏の末裔ですから。
その昔、只今NHKで放映されている「平清盛」に関わるエピソードにも、伊予の国の歴史舞台にはに一族本流の盛長と申す御仁は清盛の「盛」の一字を辞み拝したと聞く藤原氏一族にて、その弟(信義なる人物)が武市氏を名乗った最初の家柄ですから。
ご参考までに以前先師から教わった所以にて、ご記憶下さい。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:島崎 2012/04/07(土) 16:03 No.293  HomePage 操作 opt-101-1-246-172.client.pikara.ne.jp

海遊庵主さん今日は  漢文の先生の面影とはよいですね
武市瑞山の先祖はそうですか 伊予の国ですか、

色んな人の苗字は突き詰めて行くと 面白いもんですね
どうもありがとうございます、

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:海遊庵主 2012/04/07(土) 19:16 No.294  操作 softbank220045179044.bbtec.net

島崎さま、歴史とは先祖が生き抜いた時代之奥の細道・深き面影を連ねた時空への誘いを只管に訪ね歩く旅路ですから。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:海遊庵主 2012/05/18(金) 20:09 No.343  操作 softbank220045179044.bbtec.net


島崎師、真に歴史とは不思議な場面が次から次に導かれるままに幕が開くことも屡也・・古の面影は史実の源流に出会う機会があらば〜此れもまた新たな奥の細道を辿る妙味でしょう。
阿波之国の江戸時代の蜂須賀公の家老職に『武市氏』を名乗られる名家が存在する情報を新たに、ご熱心な讃岐の国の御仁を初めて『土佐史談会』にお誘いして〜ご本人に・・阿波之国『武市氏』のご案内を頂く所存也。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:北島 2012/05/18(金) 22:25 No.344  操作 opt-123-254-43-188.client.pikara.ne.jp

344の画像を原寸大表示します はじめまして、高松の北島と申します。
武市瑞山の祖先は伊予国越智郡高市郷から出ているとのこと、海遊庵主様よりご教示いただいた者です。
それに関連しているかどうか(?)わかりませんが、阿波の国、名西郡石井町の田んぼの真ん中にある、「武市大明神」のことをご紹介いたします。
このさな社この社に祀られているのは、蜂須賀家家老だった武市常三という人で、こちらの武市家のルーツも「伊予の越智族の流れ・・」と碑文にあります。
確証は何もありませんが、なんらかのご縁があるように思えますが、はたしてどうか・・。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:北島 2012/05/18(金) 22:33 No.345  操作 opt-123-254-43-188.client.pikara.ne.jp

345の画像を原寸大表示します (続き)
武市大明神の由緒書の碑文です。
蜂須賀家正の重臣として三千五百石を拝領・・・とあり、かなりの家格だったようです。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:北島 2012/05/18(金) 22:46 No.346  操作 opt-123-254-43-188.client.pikara.ne.jp

346の画像を原寸大表示します (続き)
武市常三の墓石です。文禄二年・・と見えます。

なお、近所にお住まいの武市家の14代目ご当主様にうかがった話なのですが、
武市常三の主君の蜂須賀家はもともとキリシタンだった(?)そうで、
その関係で、武市家もキリシタンだったため、後にお上のお咎めを受けて、
孫にあたる三代目当主が処刑されてまう、という悲しい秘話があったとのことです。

↓関連の記事(記事の武市左馬助とは、四代目当主です。非業の死を遂げた父を弔うためにたてたキリシタン灯篭だそうです。)
http://www.topics.or.jp/nie/117307666665/125842212363.html

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:海遊庵主 2012/05/19(土) 18:50 No.348  操作 softbank220045179044.bbtec.net

島崎師、真に歴史とは過ぎ去りし〜時空への誘いですね!
この度の阿波之国と讃岐の国の古への出会いは、何の計らいも無く〜自然のままの道筋です。(伊予の国と阿波之国と讃岐の国の深きご縁も)
嘗て昭和60年代〜その直前に庵主が42歳の厄年に難病を患い〜その際には従順に〜讃岐の国で〜土佐之国の意地っ張りの気骨の反抗精神を研鑽する機会を与えられ〜素直に『いごっそ気質』の是非について悟る教えを授受しました。
それ以後は、只管に小学生の時代に祖父に連れられて記憶の片隅に残っていた〜讃岐の国の古寺の存在でした。
何れ機会があればご案内させて頂きます〜恐惶謹言。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:島崎 2012/05/19(土) 22:21 No.349  HomePage 操作 opt-101-1-246-172.client.pikara.ne.jp

北島さん 始めまして 阿波の国、名西郡石井町の田んぼの真ん中に「武市大明神」があるんですか 三千五百石と言うと身分が高い武士ですね、それにキリシタンとは、

海遊庵主さん色々調べていくと色んなことが結びついたり
歴史とは奥が深く面白いものですね

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:北島 2012/05/20(日) 21:27 No.351  操作 opt-123-254-43-188.client.pikara.ne.jp

351の画像を原寸大表示します 島崎さん、私は高校時代に司馬さんの「竜馬がゆく」を読んだことがきっかけで、幕末の歴史は大好きになりました。小説の中であった、武市半平太の壮絶な切腹の場面は、強烈に頭に焼き付いてしまいました。
偶然かと思いますが、三文字の切腹作法と「折敷三文字」が重なっていて、不思議な感じがします。
昨日、今日と、たまたま京都に出向いておりまして、少し時間が空いたので木屋町周辺を歩き、武市半平太のゆかりの地を訪ねてみました。
島崎さんの記事のおかげで、ふとそんなことを思い立ち、幕末の志士が闊歩した京都に思いを馳せてみた次第です。
写真は武市瑞山寓居跡の石碑です。写真でわかりにくいですが、すぐ隣奥の方に、吉村寅次郎の寓居跡の石碑もありました。(ちりめんの石碑がちょっとじゃまですが・・・失礼)

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:北島 2012/05/20(日) 22:03 No.352  操作 opt-123-254-43-188.client.pikara.ne.jp

352の画像を原寸大表示します (続き)
もう一つ印象的だったのが、岡田以蔵のゆかり跡です。
高瀬川沿いの木屋町通り、三条と四条のあいだに、「本間精一郎遭難の地」の石碑がありました。
刺客数名の中には岡田以蔵がいたとされています。説明書きには半平太の関与の記述はありませんでしたが、この事件の真相はどうだったのでしょうか・・。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:海遊庵主 2012/05/21(月) 14:05 No.353  操作 softbank220045179044.bbtec.net

北島さま、何時もながら貴君の行動力には敬服させて頂いております。
京都への素早き旅路は、土佐国勤皇派の史跡を訪ねていただく行動にはを流石の庵主も驚いております!
来月には、是非以前打ち合わせの阿波之国へのご案内の義同行させてください。
その日時に会わせて、手許の資料(伊予史談・258号と我が家の古文書の記載の抜粋を持参しましょう)・数々の・島崎師のご厚情に感謝。

  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:匿名希望者 2017/04/13(木) 16:04 No.963  操作 opt-183-176-77-70.client.pikara.ne.jp

本当ですか。徳島県石井町国実にある武市常三の神社は。常三の墓は徳島市寺町にあると聞いています。また、写真の神社は50年くらい前は何もなかった所だと記憶しています。ブロックの塀とか建物はいつ建てられたのですか。昔からある武市大明神(神社)は写真の神社の100メートルくらい南の集落(すべて武市姓)の真ん中にありますよ。
  
 

題名:Re: 武市瑞山(半平太)  名前:匿名希望者 2017/04/13(木) 16:05 No.964  操作 opt-183-176-77-70.client.pikara.ne.jp

本当ですか。徳島県石井町国実にある武市常三の神社は。常三の墓は徳島市寺町にあると聞いています。また、写真の神社は50年くらい前は何もなかった所だと記憶しています。ブロックの塀とか建物はいつ建てられたのですか。昔からある武市大明神(神社)は写真の神社の100メートルくらい南の集落(すべて武市姓)の真ん中にありますよ。


題名:板垣退助 5つの銅像  名前:島崎 2017/04/02(日) 21:59 No.962  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


962の画像を原寸大表示します 4月1日 桟橋通りの自由民権記念館に行って来ました。
公文先生のお話は興味深く 二時間があっという間に終わりました。

板垣退助こそ 大政奉還〜明治維新〜新国家に日本を導た人物
と言うことが 今更ながら高知県民として誇りに思えるお話でした。






題名:三本(御本)の真実  名前:三本一博 2017/03/12(日) 23:17 No.961  操作 p318113-ipngn200305kouchi.kochi.ocn.ne.jp


紀州武田の御本家は熊野の荘園である仁井田庄(現 四万十町)に領家として迎えられ志和城主となった、そして、志和薬師寺の棟札の写し(1335年)に御本尊 領家次第沙汰人(みもとのみことりょうけしだいさたにん)と残っています。その後、城主が出家した後 志和氏を名乗っています。
彼は、御本師重であり最初の御本家の分家にあたります。また彼の分家が、仁井田五人衆となっていきます。長宗我部地検帳に載っている 紀伊守 西家が、応仁文明の乱に際して畠山義就方として戦った御本西家として存在しています。土佐七雄でもある津野家を家来に迎えています。その証拠が、須崎にある城跡を見ればわかります、三本六左衛門の住む針木城(220m)から見れば、須崎城(140m)津野氏の城と佐伯経貞の城で後の津野氏の支城となった岡本城(164m)どちらも見下ろす位置にある。
三本家と津野家は一緒に戦ったことも文献にあり、家来を自分の城よりも高い位置に築かすことは、考えられない、よって津野氏が家来である。しかし、御本家(三本家)は、ごほんけ と読まれて御本家=その土地の有力者に変えられ歴史には、存在しません。
この事実を、皆さんはどうお考えでしょうか?



題名:土佐史談会十講座  名前:島崎 2017/03/08(水) 00:53 No.960  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


960の画像を原寸大表示します 平成28年度最後の郷土史十講座は宅間会長の
現存天守の中の高知城天守でした ほぼ満席の状態

宅間会長自ら製作したプレゼンでわかりやすく面白い講座でした。

来年の十講座は4月に取決めする予定です。



題名:高知城天守の白漆喰腰壁  名前:島崎 2017/02/18(土) 20:53 No.959  操作 opt-101-1-250-167.client.pikara.ne.jp


959の画像を原寸大表示します 現存天守の中唯一特徴 高知城回廊下部分の白漆喰腰壁、、


解りやすく言うと最上部回廊下の白い腰壁部分は他の天守ではそのまま屋根になっている、
尚、現存12天守で絶景じゃと見渡せる回廊があるのは5天守しかない・

(以下土佐史談202号 高知城散策3 山本祐輔著より 抜粋)
四重目の回り高欄の下には腰壁と呼ばれる白漆喰の壁を巡
らせています。回り縁高欄の下には腰壁がないのが一般的
であることから、この腰壁は高知城天守だけに見られる大
きな特徴といえます。しかし、解体修理工事の結果、これ
は後世に付け加えられたものであることが分かりました。
腰壁を取り除いた本来の姿に復元すれば、天守の趣も随分
と違ったものになるでしょう。 以上 土佐史談202号より



題名:2月の郷土史十講座  名前:島崎 2017/02/06(月) 09:03 No.958  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


958の画像を原寸大表示します 土佐史談会本年度最後の郷土史十講座、現存天守の中の高知城・
講師は宅間会長です。無料ですが100名まで会員優先ですのでお早めに。



題名:会誌を刷新  名前:島崎 2017/02/04(土) 00:18 No.957  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


957の画像を原寸大表示します 2017年2月3日高知新聞朝刊の記事


題名:1月の十講座  名前:土佐史談会事務局 2017/01/07(土) 00:27 No.956  操作 KD106172171095.ppp-bb.dion.ne.jp


956の画像を原寸大表示します 郷土史十講座も残り2回となりました。
1月29日は 遺跡が語る高知城下町−近年の発掘調査からです

講師は浜田惠子氏です。



題名:土佐の宮島と言われる鳴無(おとなし)神社 
名前:島崎 2017/01/03(火) 22:27 No.954  操作 KD182251254014.au-net.ne.jp


954の画像を原寸大表示します 副会長の公文豪先生の車でご一緒させて頂きました。
土佐神社は当神社の別宮であったとされている、との言い伝えがあり
鎌倉時代(1251年)に創建されたらしい。

ものすごいカラフルな本殿、参道は海に面し、拝殿には山内家の家紋

  
 

題名:Re: 土佐の宮島と言われる鳴無(おとなし)神社 
名前:島崎 2016/12/30(金) 13:22 No.955  操作 opt-122-129-169-247.client.pikara.ne.jp


955の画像を原寸大表示します 本殿は鮮やかな色です。

場所
https://www.mapion.co.jp/m2/33.414306,133.368789,15


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